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入院 (2021年9月) [共に生きる]

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パートナー(夫)にガンが見つかりました。

悩んで、凹んで、後悔して、たくさん泣きました。
ときおり大きな不安の波にのまれ、のしかかってくる恐怖に押し潰されそうになりますが、今は二人して前を向いています。
いずれ行く道、通る道だもの。

病によって気づかされたこともたくさんあります。
お互いや家族はかけがいのない存在であるということ。
そして心から心配してくれる友人知人たち。

ありがとう ありがとう ありがとう
会うことは出来なくとも、たくさんの人が寄り添って支えてくれていることを感じています。

パートナーはまもなく抗がん剤治療がはじまります。
夫婦2人、心ひとつに自然体で日々過ごしていきたいと思います。




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友人が送ってくれた言葉

自然体で受け入れましょう
太陽の光、流れる雲、庭の花々、虫の鳴き声…
時に雨が降っても大地を潤す恵みの雨となるように
自然に癒やされて笑顔になれますように




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ブログについては新規の記事更新は月に一回。
追記として日々の様子を時折記載しようと考えています。
9月はこちら記事に追記を重ねる形で更新させていただきます。

みなさまへのご訪問はやはり不定期にnice!のみとなることお許しください。
今はみなさんのコメントを受けとめるパワーが不足しているためコメント欄についてはしばらく閉じさせていただきます。
nice! な内容の記事ではありませんが、パートナーへの応援の意味も込めてnice! を押していただければありがたく思っています。
9/14 記










9/17 追記

「ガンが見つかりました」この言葉には誰もが大きな衝撃を受けると思います。もちろん私たちもそうでした。
医療従事者の次女に相談したところ「すぐに死ぬ箇所じゃないから大丈夫ー^^」明るい返事でした。

ガン細胞は元来自分の細胞が変化したもの、身体の中では毎日数千ものガン細胞が発生。
ほとんどは自身の免疫によって退治されるのですが、残ったガン細胞が加齢や喫煙等の要因で10~15年かけて少しずつ大きくなりやがて発症となるようです。
自分のなかにもガンのタネはあるということですね。
一昔前まではガン発症前に亡くなる方がほとんどだったのでしょうが、平均寿命が延びたため顕在化し発症する人が増えたということなのでしょう。

『ガンだ、死ぬんだ。もうダメだ。』この負の気持ちが自分で自分を追い込んでいくような気がします。
死は必ず訪れるもの。
ガンの場合は少なくとも即死ではありません。
パートナーの病と向き合うなかで自分たちにとって何が一番大切なのかを気づかせてもくれました。
人生のなかでもとても貴重な経験をさせてもらっているのかもしれない。
鬱々とした期間を経てそう思えるようになりました。

全身ガンでも活躍されている高須院長の記事

パートナーは抗がん剤治療1クール目の真っ最中。
安心して留守は任せろ! 治療踏ん張りやー!!




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9/28 追記

苦難から逃げることはできないが克服することはできる
2人して前を向いて踏ん張っています。










10/4 追記  
ようやくネットを開くことが出来るようになりつつあります。
10月に入りましたが、9月後半の出来事を少しずつ振り返っていきたいと思います。





9/20

前日に受けた2回目のワクチン接種の副反応だろう。
朝目覚めると身体が怠い。熱を計ってみたところ38度…そりゃあ怠いよね。
入院中のパートナーへも熱があることをLINE。
「今日は横になっていたほうがいいよ。こっちは順調に進んでいるとさっき先生に言われました。」
LINEをやりとりしたのが10時半過ぎ、パートナーの抗がん剤治療1クール目も終盤にさしかかっていました。

12時過ぎ、病院からの着信で目覚める。イヤな予感しかしない…
「ご主人、意識はあるものの脳梗塞を発症している恐れがあります。病院にきてください。」主治医からの電話。
急ぎ次女(医療従事者)にLINE送信。病院に向かうべく準備をしていると10分後、病院より再着信。
「左半身を全く動かすことが出来ず危険な状態。緊急処置を行いたい。」脳外科医からの電話。
医師よりリスク説明を受け処置を行うことを承諾する旨伝える。
とにかく病院へ急がないと… 車に乗り込もうとしていたその時、次女からの着信。
パートナーが危険な状態らしいとなんとか次女に伝えるも言葉にならない。

「脳梗塞、意識のあるうちに処置に入ったなら絶対大丈夫だから!落ち着いてしばらくしてから運転して病院に向かって。Kちゃん(長女)には自分が伝えるから。」
次女の言葉で落ち着きを取り戻し、涙をこぼしつつも冷静に慎重に運転し病院へと向かいました。
(ご存じない方のために:私たちは再婚同士にてパートナーと娘たちの間に血の繋がりはありません)

13時半病院到着時、パートナー点滴にて血栓が溶解せずカテーテルによる血栓回収術が行われている最中でした。
わたくし不覚にもこのあと倒れてしまい…
SCU(脳卒中集中治療室)のパートナーに会えたのは16時過ぎでした。
「びっくりさせちゃってごめんね…」言葉は弱々しくたどたどしいものの意識もあり、左手も少し動かせるようになっていました。

「大丈夫、この状態ならすぐに歩けるようになりますよ。」看護師さん。
パートナーの異変には入院病棟の看護師さんが気づいてくれたそうです。本人は自身の異変に気づかなかったそう。
あとで次女に聞いてみると脳梗塞を発症しても、麻痺で痛みもないため安静時の発症だと本人は気づかないことも多いそう。
処置してくださった脳外科医によると「脳というのはとても弱く血液が届かなくなった箇所は3分で腐りはじめます。まさに1分でも1秒でも早く処置出来るかどうかがポイントなので、院内での発症だったことは不幸中の幸いでもあったかと。」

この日半分死んでいたパートナーを医療従事者のみなさんの努力で引き戻していただきました。
感謝しかありません。





9/21

前日私が倒れてしまったため、この日の11時に来院するよう脳外科医より伝えられました。
エレベータホールのチャイムを押すと昨日対応してくれたSCU看護師のKさんが迎えににきてくださいました。(コロナ対応の為、基本家族でも病棟に入ることは出来ません)
通された部屋には脳外科医、ソーシャルワーカーさんもいらっしゃいます。
看護師のKさんも加わり4人での面談。まず昨日のお礼とお詫びをお伝えました。

パートナーの脳の画像を見ながら発症時の様子、カテーテル術により血流が再開した様子等説明を受ける。
今後の治療方針として当院は急性期対応の病院のためリハビリ専用病棟がないこと。
容体が落ち着く2~3週間を目途に入院しつつリハビリ可能なリハビリ専用病棟のある病院に転院、且つ抗がん剤治療も可能な病院を調整するとのことでした。
脳梗塞のリハビリは入院が6ヶ月近くになる可能性もあるとのお話し。
転院調整はソーシャルワーカーさんが行ってくださるそう。
内心では そうか、転院になってしまうんだ… そう思っていました。

面談が終わったあと看護師のKさんがSCU入口付近からパートナーに会わせてくれました。(部屋には入れません)
まだ自力で身体を動かすことは出来ないようですが、私の顔を見ると手を振ってくれました。
昨日は動かすことが出来なかった左手も動かせる様子。
咀嚼に関しては問題ないため普通食が食べられており、ベッド上が中心ですが、リハビリも始まっているそうです。
まだぼんやりしている時間が多いそうですが、「妻が来ているはずなので呼んできてほしい」何度かナースコールをして困らせてしまったようです。
『奥さんのことが大好きなんですねぇ』Kさん。
その言葉に泣き笑いしてしまいました。





9/24

コロナ禍のため入院中の面会は不可。
パートナーの容体は本人からのLINEや着替え持参時に看護師さんから伺う他ありません。
本人からのLINEは脳梗塞発症翌日から日に数回ではあるものの便りがあり、少しずつ回復している様子。

この日はソーシャルワーカーさんから連絡があり、「双方の医師とも話し合い回復順調なので転院ではなく自宅に戻れる程度まで当院でリハビリを行い、その後は外来でリハビリを行うという案を検討中」とのこと。
転院することなく現在の環境下で脳梗塞のリハビリおよび抗がん剤治療を続けられるなら、それが一番ありがたく本人のストレスも少ないと思うのでその方向で進めていただくよう伝える。
それでも入院リハビリは最低2~3ヶ月はかかるのかな…そう思っていました。





9/25 9/26

25日夜、所用の帰路にと尾瀬のひだまりちゃんが山の家に訪ねて来てくれました。
ひだまりちゃんは古くからのブログ友達。
同じくブログを通じて友人になったSIZUKUさん、はるかちゃん、ひだまりちゃん、そして私、4人で若草姉妹♪ 
若草姉妹4人であちらこちらにお出かけもしていました。
コロナ禍ということもあり4人揃って会うことも久しくありませんでした。そんななかのひだまりちゃんの山の家訪問。
以前と変わらないひだまりちゃんの笑顔、会った瞬間抱き合ってオイオイ泣いてしまいました。
ひだまりちゃん、翌日の昼まで山の家で一緒に過ごしてくれました。
一緒に食事をして、お互いの近況を話して、水くみを手伝ってもらって、諏訪大社前宮お参りして。
ひだまりちゃんは会津に帰っていきました。
自身も色々と大変なのに、私たちのことを案じて訪ねてくれたひだまりちゃん、本当にありがとう♪
若草姉妹4人また揃って会いましょう。





9/28
パートナーよりSCU(脳卒中集中治療室)から一般病室に移ったとのLINE。
ということは自分のことはおおよそ出来るようになったということなのだろうか。
本人からのLINEではすでに1人で歩くことが出来るし、介添えなしで病室外のトイレに行くことも出来ているという。
リハビリで病院の階段上り下りも出来たと。
1週間前、脳梗塞で左半身が動かなかった状態からそんなに早く回復するものなのか正直半信半疑である。

午後、ソーシャルワーカーさんより連絡があり、先日の提案通り転院はなく自宅に戻ることが出来る状態までリハビリを続け、抗がん剤治療も継続することが決まったと。
パートナーの現在の状態を伺ったところ、やはり自力歩行も出来ており、先生やスタッフも驚くほど日々劇的に回復しているのだそう。
まもなく退院の話しも出てくるでしょうとのこと。
とにかく家に帰りたい一心でリハビリに励んでいる様子である。





9/30

前日午後「先生が退院について話しがしたいそう。」パートナーからのLINE。
14時より病院にてパートナーと一緒に脳外科医と面談。
カテーテル術に至った経緯、術前と術後の脳の様子等々画像を見ながら説明を受けました。
白く見えている箇所の細胞は死んでしまっているとのこと。
素人目に見てもその箇所は決して小さくない。

「この白くなっている箇所は身体のどの部分を司っていたのでしょうか?」

『普通は半身不随です。ただ全て真っ白ではなく黒っぽい所がありますよね。その部分の生きている細胞が頑張ってくれているということです。家で生活出来るレベルまで身体機能回復しましたので退院を許可します。いつにしますか?今日でもいいですよ 笑』

さすがに2人して今日の今日というのは心構えも自宅の準備も出来ていなかったこと。
翌日は台風の影響で雨予報だったこともあり翌々日10/2退院としていただきました。

久しぶりに会ったパートナー、一見して痩せた様子が見てとれる。脳外科での10日間の入院で体重は4キロ減ったそう。
身体中の筋肉がゴッソリ落ちたような雰囲気。脳疾患の怖さを感じた瞬間でした。





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