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術 (2022年3月) [共に生きる]

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自宅庭でグルグルしてみました☆(露光20分)

3月とはいえ山の夜、外気温は軽く氷点下10℃を下回っています(><)

この構図だと露光中は家に入れませんのでおクソ寒い中、夜の別荘地内を1人徘徊していました^^;


















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地元里山の一角に群生している セリバオウレン♪











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まるで地上の星だわー☆ 毎年そう思います^^











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ほんのりピンク色の株も♪











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寝っ転がって写真を撮っていると「おー!今年はちょっと遅かったけどよく咲いたねー」イヌの散歩のおじさん

実は舗装道路のすぐ脇に咲いているのでした^^;


















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3月の雪は湿って重い…











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                  除雪前                    除雪後

家の北側にはガスボンベ・給湯器等諸々の設備が配置されているため雪の度に要除雪(><)

今年はこの箇所の除雪が一番大変でした


















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パートナーの入院前日、セツブンソウに会えました♪











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昨年よりも約1週間遅れでしたが、ちょうどよい時期でした











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小さな春の妖精、今年も2人一緒に愛でることが出来ました^^












3月の出来事をゆるゆる振り返ります。

山の家で迎えた3回目の冬。
7年ぶりに雪の多い年だったようで、この冬の雪の多さには閉口しました。
なんで今年に限って…そう思いましたが致し方ありません。
パートナー昨年の脳梗塞発症以降、運転は9割方わたくしの役目。
大雪の日も道路がガチガチに凍ってアイスバーンの日も車で麓の病院へ通いました。
念のためチェーンも積んでいますが、なんとかチェーンを装着することなくスタッドレスタイヤだけでスノーシーズンを過ごすことができました。
雪道運転のコツは極力ブレーキペダルを踏まずエンジンブレーキを利用してゆるゆると走ること。
山道ではカーブの手前、直線箇所で減速し、カーブでもブレーキペダルは踏まずエンジンブレーキを利用することでスリップを防ぐことができます。
もちろんよく言われる「急発進」「急ハンドル」「急ブレーキ」は御法度です。
家の設備も寒さで何度かダウンしましたがほぼ自分たちで対処出来るようになりました^^
厳しかったこの冬を乗り切ることが出来たことは大きな自信になったかもしれません。

パートナー、3月に入ってからも1月の抗がん剤治療による骨髄抑制の症状は続いていました。
貧血のため身体に力が入らずふらつく感じ。
特に食事の後は胃に血が集まるためなのか手足が冷たくなり、立ち上がることさえままならない事もありました。
これは骨髄抑制の最後に出現する赤血球の減少の影響です。
赤血球は寿命が120日前後と比較的長いため、忘れた頃にやってきて症状も長く続きました。
抗がん剤の副作用と分かってはいても私だけでなく本人も不安だったと思います。
赤血球の減少、2月はじめ頃には出現していたので、1ヶ月以上かけて少しずつ少しずつ回復していきました。

3月11日のパートナーの手術に向け、とにかくお互い体調を崩さないよう、またコロナ第6派も拡大中だったため、人の多い場所には近づかないよう気を付けて過ごしていました。
万が一、わたしがコロナに罹患してしまっては元も子もないので、麓スーパーに出かける回数も最低限に、且つ人の少ない早朝の時間帯にすませるようにしていました。

麓の雪も減り始めた頃、辰野町のセツブンソウそろそろ咲いているかな…
この場所は自宅から片道1時間前後で行くことができ、平日であればまず人に会うこともありません。
晴れて穏やかな日に訪ねるタイミングを計っているうちに入院前日に。
なんとか入院前に訪ねることが出来ました♪

手術前日3月10日パートナー入院。
血液検査等異常なく予定通り翌日11日の手術が決まりました。

パートナーの傷病は…
①右腎盂癌 傍大動脈リンパ節、左鎖骨リンパ節、肝転移
②脳塞栓症 右頸動脈、中大脳動脈閉塞
③狭心症

①の治療のため抗がん剤入院治療中(2021.9)に②を発症、②を発症した原因は③と思われる。
3つの傷病名、何度見ても「いやーよく生きてるねぇ…」そう思います^^;
今回の手術は①の原発巣である右腎臓と尿管の摘出。

1クール目の抗がん剤治療中に②を発症し生死の境をさまよったものの、医師も驚くほどの驚異の回復力で脳梗塞から復活。
その後の抗がん剤治療を予定通り継続し4クールを終了。(主治医曰く 治療中に脳梗塞を起こした人が予定通りの抗がん剤治療を継続出来たこと自体が通常ありえない^^;)
4クール終了後のCTおよびPET-CTで①の全ての痕跡が(一見)消失。
標準治療ではないものの当初摘出不可と言われていた原発巣の摘出手術に至った次第です。

腹腔鏡と開腹の併用術にて8時間を要する予定。
ちなみに腎盂癌(じんうがん)の発生率は10万人あたり0.1~0.5人。つまり100万人に1~5人という稀な癌になります…
稀な癌といういことは症例自体が少ないということで、情報についても古いものが多く正直希望を持てるようなものは見当たりませんでした。
腎盂癌を患ったパートナーの闘病記を残そうと思ったのもその情報の少なさがきっかけでもあります。
もし腎盂癌を患われた方やそのご家族がこのブログにたどり着いていらっしゃるなら、決し希望を捨てないで欲しいと思います。

3月11日 日本中の人が祈りを捧げるこの日手術は行われました。 

前日からたくさんのメール・LINE・電話。
『1日中パワー送ってるから!!』たくさんのエールに感謝しかありません。

6時半頃「いまから貴重品を預け、諸々の準備に入ります。明日までLINEできません。がんばります!」パートナーよりLINEあり。
9時 手術開始。約8時間を要するため17時頃の終了予定。
コロナ対策のため私は終日自宅待機。病院から電話があるのは手術終了時または異変ありの時…長い長い1日でした。
身体を動かしていないとどうにも落ち着かないため1日中掃除をしていました。
ただ電話の着信音が聞こえないとまずいため掃除機は使用せず、家中の拭き掃除と掃き掃除。
途中で連絡が入りませんように… 無事に終了しますように…
17時 手術終了予定時間、そろそろ終わる頃かな…
17時半 連絡は来ない… 遅いと遅いで不安が募ります。
17時40分頃 病院からの着信。『泌尿器科〇〇先生からです。お繋ぎします。』
「癒着があったため少し時間がかかりましたが、手術は無事終了しました。綺麗に切除できましたよ。」主治医
「長時間本当にありがとうございました。」一気に脱力~~~~

その後エールを送ってくれた家族・友人に連絡。全員への報告が終わったのは19時を過ぎた頃でした。

3月12日
7時半頃「無事です。午後から歩行訓練、ゆるゆるがんばります!」パートナーよりLINE。
本人からのLINEにひと安心したことは言うまでもありません。
脳梗塞時もそうでしたが、今は翌日からリハビリを行い身体を動かすことで早い回復と退院を目指すようです。
病棟をぐるり1周するとちょうど300mなのですが、歩行距離は日に日に延び3日目には病棟を1周できるようになり、7日目には15周歩けるようになっていました。
あまりに長い時間ぐるぐる歩いているので看護師さんに心配されたりしたようです。

入院中は硬膜外麻酔の副作用で低血圧(上が80台)の症状がでたり、38℃まで発熱したりでICUから一般病棟に移ることが出来たのは4日後、普通食に戻ることができたのは6日後でしたが予定通り10日後の3月19日、晴れて退院となりました。

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